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新 ぽんぽこブログおれ日記

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ルミナリエ

土曜日の話。家に帰って今年もルミナリエに行ってきた。
昼過ぎに家を出てPIのIKEAで買いもんをして、いつも行く中華で飯を食う。
で、いざ出陣。

毎年恒例だけに「今年もこの時期が来たねぇ」と思う。

 今年は東京に飛ばされたけどやっぱりルミナリエには来てよかった。長居はしないけど来ることに意義があるというか。来年も再来年もたとえ東京にいようがどこにいようがルミナリエには帰ってこようと思う。
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ショック!!!はまなす運休!!!(北斗星もトワイライトも!!!)其の2

昨日の続き。結局飛行機で行くことにした。スタートが遅かったので帰り(年始)の航空券は航空会社の公式HPではどこも満席&キャンセル待ち。女満別、中標津、釧路、帯広などいろいろなルートをあたってみたんだが全滅。ただし新千歳ー羽田に関しては定価でならば買えた。が、財政的に定価では無理だ。で、公式のHPからではなく格安航空券のHPで申し込んでみた。HPを見る限りは空席ありなんだが非常に怪しい。航空会社のHPではどうにもならんもんが普通に帰るわけはないと思う。たぶん「満席でした」という返事が返ってくると思う。一応、苫小牧ー大洗のフェリーの方はキャンセル待ちで見事に席・・・いや寝台を押さえることに成功した。飛行機がだめならフェリーで帰ろう。
そして今日、会社から帰ってメールを見てみるとなんと普通に飛行機の座席が取れてしまった。しかもそれなりのお安い値段で。何じゃこれ???こんなに簡単に買えてしまうのか???だったら初めからこっちの方で申し込んだ方がいいではないか。
行程は12/30の朝一の便で羽田から新千歳に飛び1/2の最終便で釧路から羽田に戻ってくる。我が港区から羽田までは目と鼻の先。朝早かろうが夜遅かろうが余裕である。
こういう工程に決めるまではいろいろ考えた。千歳ではなくいきなり釧路に飛んでがっつり湿原めぐりというのも考えたがやっぱり鉄道を絡めたい。というわけでまずは千歳に飛んで30日は撮影。31日は一日2429Dの旅を楽しみ元旦は一日コッタロ湿原。2日は春国岱を存分に満喫しその夜、釧路空港から東京に戻る。3日は休みなんだが3日になると飛行機の値段がぐっと上がるので値段の安い2日の最終便で切りあげることにした。3日の便は朝一の便でないと値段がぐっと上がってしまうのだ。2日も道内に泊まり最後の夜を楽しもうかとも思ったが宿泊費もかかるのでここは思い切った決断をした。まぁ3日はじっくり体を休めることとしよう。というわけで今年の年末北海道は飛行機での旅となることが決定した。

ショック!!!はまなす運休!!!(北斗星とトワイライトも!!!)

最近やっとこさ年末の予定を立てた。今年も年末年始は北海道である。今年も青森からはまなすに乗り、滝川からの2429Dの旅をしようと思っていた。そしてコッタロ湿原と春国岱で、フィールドスコープで動物鑑賞をして帰りは南千歳から北斗星で帰ろうと思っていた。今年は東京支店に来てしまったので休みが少ない。神戸ならば間違いなく9連休であったであろう年末年始のお休みが東京だと30日から3日までの5連休。下手をすると31日からの4連休となる可能性もあるのである。ひどいわ、東京支店。
とりあえず先手必勝で30日に列車の予約を入れることにした。「もう予約して金払ってるんで~」作戦で何とか5連休を獲得しようと思う。
ということで遅ればせながら本日、年末年始の指定席の事前受付の電話をした。なんかこれってJR東日本ではやっていないようで今回もJR西日本の専用電話番号に電話した。12/30のはまなすと1/2の釧路からのスーパーおおぞら、そこから乗り継ぐ北斗星。人気の北斗星を逃してしまった時のために押さえで札幌ー青森のはまなすも第2希望で予約した。
ちなみにこちらもダメだった場合のために苫小牧ー大洗間のフェリーも予約しておこうと思ったんだがこちらはまさかのキャンセル待ち。それでもいちおうキャンセル待ちの申し込みもしておいた。
で、事前受付の電話をして数時間、なぜか事前受付の番号から電話がかかってきた。「何じゃらほい???」
そしてその電話の内容に唖然食らってしまった。なんと今年の年末年始ははまなすも北斗星もトワイライトも運休なのである。「な、なんで!?」
年末年始の需要ありまくりのこの時期に夜行列車を根こそぎ運休。何なんだこれは???
仕事中だったのですぐには詳細を調べられない。ショックながらも頭に浮かんだのは「新幹線の工事のためか???」
ともかく夜行が絶滅というのは貧乏旅行には大ダメージである。何しろ夜のうちに津軽海峡を渡れないのだ。休みが9連休もあればなんとでもなるだろうが僕にはMAX5日しかないのである。青森からフェリーで渡るか???でもそれでは朝には札幌に着かない。う~む、どうしたことか・・・。
仕事が終わり、ネットで詳細を調べる。するとやはり北海道新幹線が悪さをしていた。しかし18きっぷや北海道東日本パスで旅する貧乏旅軍団を完全に敵に回す今回のJRのこのダイヤ。こういういうことをすると間違いなく乗客は飛行機に流れるぞ。大体札幌まで新幹線が伸びたとして通しで乗る奴なんてどのくらいいるんだろうか???運賃がいくらくらいで時間がどれくらいかかるのか知らんが東京の人ならほとんどが飛行機に乗るのではなかろうか???
怒りと絶望を憶えながら情報を検索しているとこの件については9月にはJRから発表されていた。最近あんまり鉄ちゃんやってないからなぁ~。ちなみにこの冬もムーンライトえちごの運行はない模様。完全にフェイドアウトしたな。こんなんじゃ18きっぷや北東パスの存在意義が半減するな。旅する列車がどんどん消されて鉄道が単なる移動手段となっていく。去年は昭和40年代とかの古~い時刻表にはまっていたがあのころの時刻表には眺めているだけでいろんな想像が頭を駆け巡るワクワクする時刻表であった。なんかどんどんつまらなくなっていくな。
今日、家に帰るとフェリー会社から席の確保ができましたというメールが来ていた。
う~ん、どうしたものか・・・。なんか往復を飛行機でやったろかって気にもなってきた。

広島の旅 其の4

11月3日。今日が広島最終日である。出発は夕方なんだが今日帰ると思うとなんか落ち着かない。墓参りに行ったり家の周りをうろうろしているうちにあっという間に夕方に。普通であれば高速バスで広島駅に向かうのだが芸備線に乗りたい僕は反対方向の三次へと向かった。

 
駅周辺は現在改修中。





ここ三次は中国山地のど真ん中の小さな町なんだが芸備線の他に三江線・福塩線が集まる交通の要衝である。

程なくして折り返し18時02分発の広島行きの快速となる列車が到着。

国鉄色と広島色のキハ47形の2両編成である。

こちらが先頭車両となる国鉄色。 
 出発までまだまだ時間があるので構内をぶらつく。こちらは芸備線の備後落合行き。時間があればこっちの方に乗りたい。で、備後落合で駅寝できれば最高。

夕やみ迫る三次駅で出発を待つ。
 いや~ローカル色あふれる情景である。

18時02分、定刻に三次を出発。出発と同時に家で作ってもらった弁当を食べる。うむ、うまい。
外は真っ暗で何にも見えん。進行方向の左側に陣取っているのだが島式ホームが多いのか全然駅の通過を目撃できない。進行方向右側のボックス席はほぼ埋まっている。しくじったな~。窓の外の景色は見えないけどキハ40系のトルク感あふれる乗り心地は僕的には懐かしくて心地よい。いつまでも残ってほしいけど車両自体はどんどん老朽化している。札沼線なんかは電化されちゃったりしてるし今後はどんどん減っていくものと思われる。乗れるうちに乗っておかなければ・・・。
列車は下深川に到着。ここから先は玖村、安芸矢口、戸坂、矢賀となじみのある駅に順に停まっていく。小学校の時は子供だけで学区外に出てはいけませんという決まりがあったけど、僕は友達と普通にサイクリングでこの辺まで来てた。特に下深川や玖村は思い出深い。玖村から太田川を渡れば可部線の梅林駅がある。うちのじいちゃんちの駅だ。

ず~っと乗っていたかったけど列車は終点の広島に到着。目の前には真っきっきの電車が。おぉ、昔の総武線のようだ。

115系や105系だけでなく103系までもが真っきっきに塗られている。う~む、なんというか・・・。昔の瀬戸内色が懐かしい・・・。

その後新幹線のホームに上がる。三連休の最終日。それなりに人が多い。
東京行きの1本前の列車に乗り込む。う~む、終わったな。実家に帰るのは年に1度くらい。今年は法事で1回帰ってるから今回で2度目の帰省だけど年々親が年取ったな~って思う。僕だってもう37だもの。そりゃ年取るわ。実家に帰ると親が生きてるうちに親孝行しとかにゃならんなって思う。今は東京だけど無理やりにでも家族で年に1度は実家に戻ろうと思った。  終わり。
 
 
 
 
 

広島の旅 其の3

家に帰り飯を食い庭に出る。今回の帰省の大きな目的であるフィールドスコープで天体観測をするためである。せっかく帰ってきたというのに昨日は雨でどうにもならなかった。肉眼でも「おぉ~すげぇ!!!」ってくらい見えるのでフィールドスコープで見たらどうなるのかとても楽しみにしていた。ちなみにここに住んでた頃は星とか全然興味なかったので全く気にしたことがなかった。
で、今日である。明日の夕方には帰るので今日がラストチャンスである。しかし・・・
「全然星が見えん!!!」
空には雲が広がっている。星の「ほ」の字もないではないか・・・。
しかし雲の切れ間からお月さんがのぞいている。時折雲に隠されながらもお月さんだけはなんとか観測できた。いつもの20倍のレンズで観測。う~む、きれいだ。そして買ったばかりの16-48倍のズームレンズで観測。48倍でみるとそれまでの20倍レンズよりもでっかく見える。うむ、当たり前だ。しかしきれいだね~。いやーフィールドスコープ買ってほんとによかった。しかしまぁ20倍のレンズで見てた時よりもお月さんの逃げるスピードの速いこと。地球は確かに回ってるんだなと思った。

広島の旅 其の2

一夜明けて11月2日。ゆっくり朝飯を食い、地元紙「中国新聞」を読み久々の実家をのんびり過ごす。最近は家族を連れて帰ってくるんだが2泊することもないしなんだかんだとすることもあるのでこんなにゆっくりできない。周囲を山と田んぼに囲まれた何にもないところなんだが、年に一度の帰省だとなんとも落ち着くと言うか正直ホッとする。
天気は下り坂に向かう予定だが午後からは同じ町内にある八幡湿原というところに向かう。そこはもともと芸北町というところで平成の大合併で同じ町内になったんだが家からは30キロ近く離れている。
人っ子一人歩いていない、無人地帯と言ってもいいようなところを走ること数十分。八幡湿原に到着。
 いきなり熊注意の看板である。まぁほんとにいるからねぇ。ちょっとビビる。

入り口から少し歩くと目の前に池(沼?)が現れた。

 こんなところにこんな沼があるとはなぁ。全然知らんかったわ。


 もういっちょ。

沼を中心にしばしうろうろしたけど空には怪しげな黒い雲が迫ってきた。周囲には人っ子一人おらず少々不気味である。そうこうしてるうちに小雨が降り出したので早々に撤退することにした。次は花の時期に来てみたいもんだ。
帰り道、深入山と書かれた標識を見て従ってみる。深入山・・・名前だけは聞いたことがあるような気がする。

なんか昔ヤマケイかなんかで見たような記憶が・・・あるようなないような。

奥に見えるのが山頂。樹林帯は一切ない。なんか曽爾高原に似ている。

ちょうど子供らの集団が降りてきた。小学生のハイキングの山って感じだな。

 引きで撮ってみる。今度家族で帰省するときにはここに登ってみようかな。
まぁそんな感じで家へと帰った。

広島の旅

この週末、広島の実家に帰った。川西に住む嫁と子供はおいたまま僕だけの帰省である。世間は3連休であったがうちの会社はそんなに甘くない。土曜日は午前中は会社に行った。仕事は11時半に終了。そのまま帰ればよかったんだが部屋の掃除をせねばならんと一旦帰宅。雨も降ってたし指定席取れなかったら品川で乗るよりも東京で乗った方が座れる可能性も高いということで田町から品川というルートではなくゆりかもめで新橋、そっから東京というルートで東京駅へと向かう。
東京ではうまい具合に窓側の指定席をとることができた。そして15時10分発の博多行きに乗り込む。これから広島まで4時間の新幹線の旅である。新幹線にこんなに長い時間乗るのは初めてである。時間が長いので新幹線とはいえ若干旅のワクワク感が湧き上がる。
そして列車は広島に向け出発。これまで、広島、名古屋、兵庫、東京と渡り歩いてきたのでなんか沿線全部になにか親しみがある。なんか全てが繋がってるような感じだ。前日も夜の11時まで残業して今日も昼前まで仕事だった。ここはまず寝ようということで早速寝に入る。iPadで音楽を聴きながら名古屋の手前まで寝る。大学から名古屋には7年住んだけど離れてみると結構賑やかな街のように見える。
その後ボーっとしながら列車に揺られる。で、新大阪に到着。東京から大阪に戻ってくると思うんだがそれまで都会に見えた大阪がなんかさびれて見える。大阪から東京に転勤になった会社の先輩が「大阪???一地方都市やな。」って言ってたのがなんとなくわかる。別に大阪が田舎といってるわけではなく東京がおかしいくらいに栄えてるのだ。
この感覚で岡山に着くと「う~む、岡山ってこんなんだったか???」
中国地方NO2の岡山がその辺の地方都市に見える・・・つーか岡山は普通に地方都市だな。うん。
そして広島に到着。






さすがに中国地方で一番でかい街である。岡山よりもたくさんの人が降りた。





ここからは可部線で可部に向かう。ほんとは芸備線に乗りたかったのだが迎えに来るおかんが「ふらふらせんと普通に帰ってこい」というので普通に可部線で帰ることとなった。
懐かしの105系・・・かと思いきや113系。






途中、土砂災害で甚大な被害が出た梅林を通る。夜だから全然周りの様子はわからない。ただ列車から見えるじいちゃんちの明かりがついていなかった。3連休だからどっか行ってるのか???
そして列車は可部に到着。何年か前に駅の国道側にバスターミナルができた。いやー見た目が良くなったな。駅自体はICOCAに対応していて自動改札となっていた。駅で変わったところはこの改札のところだけで昔の懐かしい部分の面影はほぼそのまま残っている。



廃止された三段峡へと続いていた線路。河戸方面を望む。この先で線路はちょん切れているのだが河戸までの電化と復活が決まっている。しかしその後どうなったのか新しい話は聞かない。



 というわけで広島に帰ってきた。

みどりの窓口

今週末は広島の実家に帰る。で、前もって切符を買おうと浜松町の駅へと向かった。田町の駅はみどりの窓口が20時で閉まってしまう。東京のくせになんだろね、これは。不便でしょうがねーぞ。しかも土休日は19時で終わりときたもんだ。天下の山手線の駅がこれではほんとに困ってしまう。
で、月曜日の夜。仕事が終わって自転車で浜松町の駅へと向かった。北口に着いたんだがそこにはみどりの窓口はない。しかし自動券売機で新幹線の切符が買えるようなので券売機で買うことにした。つーかこれなら田町でもできたはずだな。この夏には券売機で18きっぷが買えることが判明したんだが新幹線の切符も買えるのね。さすが東京。
てことで券売機で広島までの特急券付きの乗車券を買った。予定では土曜日の始発の新幹線で帰って日曜日の夜行バスで戻ってくることにしていた。どうせ金曜日に仕事が終わらないだろうから月曜日に出て片付けるつもりだったのだ。しかし仕事を土曜日に片付けてその日の夜に広島に帰った方が向こうでの滞在時間が長くなるので変更することにした。そして少々お金は張るが帰りも新幹線にすることにした。
で、今日も浜松町の駅へと向かい手持ちの切符を往復切符に変更することにした。片道600キロを超えるキップは往復で買えば1割引きになるのである。
で、今日はみどりの窓口がある源口へと向かった。しかし・・・なんとこの浜松町のみどりの窓口、ここも21時で営業が終わってしまうのである。時刻は21時12分。田町の駅より1時間長いとはいえ何で東京の都心の駅のみどりの窓口が20時だ21時だで終わってしまうのか???つーかこんなので周りから苦情とかでないのか???これならど田舎の有人駅の方が全然ましだ。
一瞬品川の駅に向かおうと思ったがここからなら新橋の方が近い。さすがに新橋ならみどりの窓口もやってるだろ。というわけで新橋へと向かった。つーか自転車で気軽に銀座でも新橋でもいけるところに住む日がこようとは去年の今頃はまったく想像もできなかった。
で、新橋駅に到着。さすがに新橋駅のみどりの窓口はこの時間でもやっていた。つーか夜にみどりの窓口に行こうと思えば新橋まで走らにゃならんのか。家からなら品川に向かった方が近いな。ということで無事に切符を東京ー広島間の往復切符に変更した。行きは時間が読めないので自由席を、帰りは東京行きの最終を押さえようとするも3連休の最終日ということもありすでに満席。しかし1本前の列車には空きがありそれを押さえた。めでたし。
帰りは新橋の駅を21時40分出発し家に着いたのは21時54分。新橋から家まで14分。我ながらいいところに住んどるわい。というわけで週末の規制の準備が整った。

今週末

今週末は川西に帰った。金曜日、仕事を21時半で打ち切って東京駅へ。で、高速バスで大阪へと向かう。以前なら一番値段の安い4列シートのバスを予約するんだが仕事で疲れてるし翌日は下のチビの運動会ということでしっかり寝れる3列シートのバスを押さえた。しかーしふたを開けてみると3列とはいえ右側1列左側2列という3列シート。しかしかろうじて2列はくっついておらず隙間がありそこをカーテンで仕切れたので何とか許容範囲であった。こういうコメントをするくらいなので僕は左側の2列の窓側の席であった。
仕事の疲れもありアイマスクをして爆睡。京都まで一回も起きることなく眠れた。その次も千里まで爆睡。よく寝れた。
下のチビの運動会も余裕で間に合いじっくり観戦。上のチビの時から見ているので6年連続でここの幼稚園運動会を見る。今下のチビは年少なのであと2回、8年連続で見ることになる。8年か・・・いや~長いね。
親子競技に出たりして運動会を満喫する。小学校の運動会よりも幼稚園の運動会の方が一生懸命やる姿がかわいらしくていい。でもよく見ると全然先生のいうことを聞かない困った子らもいる。まぁいろんな子がおるわな。
運動会が終わると今度は家で金魚ちゃんの水替え。上のチビが水替えをしないんで帰省の度に僕が心行くまで水替えをする。水槽に苔が生えるので苔とりようにいしまき貝を入れていたのだが全滅していた。う~む、たぶん水替えをしないので水質が酸性になってるんだろうな。
おかげで水槽は苔だらけ。これはなんとかせねばと中山のコーナンへ行き新たな苔とり役としてオトシンクルスを導入。金魚の水槽に熱帯魚を投入するというなんとも言えん取り合わせだがまぁいけるだろ。次にいつ帰れるかわからないのでちょっと早いけどヒーターも入れておいた。
翌日は西宮のスタジオマリオで年賀状用の写真撮影。毎年下のチビの誕生日の後に撮っている。その間に店のカメラコーナーでいろいろ見るのがちょっと楽しい。中古のレンズなんかを見て「いや~これほしいわ」なんて思うけど「いつ使う???」と考えると「今は使わんか・・・」と冷静になれる。今まで衝動的にいろんなレンズを買ったけど全然使ってないからな。魚眼にマクロ、その他もろもろ。2倍のテレコンも持ってるけどほとんど出番がない。画質が悪くなるので記録用写真の時にしか使えない。
その後大阪駅からバスで東京駅へ。途中の休憩場所に着くまで爆睡。最近、昼間に昼寝をするような時間の過ごし方をしていないのでこういうのに幸せを感じる。最後は35キロの渋滞に巻き込まれ東京駅には50分遅れの23時20分頃到着。ちょっと疲れた。
今日は14時過ぎに会社に行き17時ごろ帰宅。掃除をして飯が炊けるまでの間お台場まで散歩。台風が来ているのでレインボーブリッジでは橋を管理する人以外、だーれとも会わなかった。これで今回の3連休は終了。あっけないもんだ。

週末 IN レゴランドと鉄道博物館 其の2

大宮に戻り自販機で東京までの切符と特急券を買う。よく考えたら田町まで買わなきゃならんのだがしくじった。
で、大宮駅の東北・上越・長野(もっというと山形・秋田も)の各新幹線が行きかうホームへと上がる。
東京へ向かうE7系の列車までは40分ほどあったので下りのホームでいろんな新幹線を眺めてチビと一緒に写真を撮る。もちろんE7系で運行される便も把握しているのでこれがメインである。




このE7系は来年開業する長野ー金沢間の北陸新幹線の主力車両である。僕は新幹線は好きではないのだが来年の夏にはいきなりお世話になりそうだ。来年こそは登り損ねた黒部五郎岳に登るつもりなんだが仕事的に夜行バスに乗れるかどうか微妙なので乗り遅れた場合には翌日こいつに飛び乗って太郎平まで登らねばならんのである。新幹線嫌いがやむを得ず新幹線に頼らねばならんとは因果なことである。
で、上りのホームに移動。やってきたE7系を迎えいれる。そして、降りる人ばかりの車両に乗り込むのは当然僕ら親子のみである。
乗ってしまえば特に感動はないのだがまぁ新しいだけに快適である。わずか25分で東京に到着。東京のホームで新幹線を見ると言っていたけどここでチビの電池が切れた。お昼寝タイムである。最後にはやぶさと写真を撮ると言っていたけどその途中で力尽きてしまった。そして寝てしまったチビを抱きかかえてマンションまで戻った。
そして本日。午前中僕は会社に向かい、嫁たちはお台場の科学館ってとこに行っていた。仕事を終えてマンションで合流。嫁たちは自由席で帰るので品川ではなく東京駅に向かう。時刻は夕方になろうかという15時過ぎ。東京駅では駅弁祭りなるものが開催されていた。中は人でごった返している。嫁たちは新幹線の中で食べる用の駅弁を買いに行ったのだが僕の分も買ってくれるという。
というわけで厚岸名物、氏家待合所のかきめしを買ってもらった。
嫁たちを見送りマンションに戻りかきめしを食べる。う~ん、うまい。ほんとに久々に食べた。もう15年ぶりくらいだ。






リュックに入れて持って帰ったので寄っちゃってるけどまごうことなく厚岸駅のかきめしである。
 
 
 
 
 
 
 
昔は厚岸の駅のホームで立ち売りもしてたけど今はもうやっていない。厚岸で途中下車しないと食べられなくなってしまった。しかしうまいな~。これを花咲線の景色を眺めながら食べたらもう言うことはないだろう。今年の年末年始は厚岸に行こうかな。この前の年末年始は長万部でカニ飯を満喫したから。
というわけで今週末が終わった。

週末 IN レゴランドと鉄道博物館

今週末は家族が東京にやってきた。僕がこちらに来て2回目である。
で、土曜日は対岸のお台場へ。レゴランドってとこに行ってきたんだがほぼ一日そこで過ごした。で、夜はシズラーというレインボーブリッジがきれいに見える店で晩飯。いつも見てるのと逆方から眺める景色はなかなか良かった。で、帰りはそのまま歩いてマンションに戻る。昨日も会社から帰ってきたのが午前0時で正直ヘロヘロなんだが嫁が運動のために歩くというのでレインボーブリッジを歩いて渡り帰宅。店から50分以上かかった。
そして昨日は二手に分かれて行動。上のチビは今宇宙にはまっていて嫁と一緒に幕張でやってる宇宙博というのに出かけて行った。下のチビはそんなもんには全然興味がないので僕と一緒に大宮の鉄道博物館へ。
歩くのがめんどくさいので田町ではなく芝浦ふ頭からゆりかもめで向かう。新橋から山手線で上野へ。上野からは宇都宮線で大宮へ向かうのだがここで「チビに2階建ての電車に乗るか?」と聞くと「乗りたい」と即答してきたのでグリーン車の2階へと陣取る。僕自体在来線のグリーン車に乗るのは初めてである。こんな機会でもなければお金が惜しくてこんなものには乗らない。
2階から見下ろす景色というのは思ったほどの高さはなかったけど車内はガラガラでのびのびできて快適だ。こういうのに乗っていけば東京ー熱海でも快適な移動ができそうだ。ただし18きっぷでは利用できないので余程のことがなければそんな旅はしないだろう。
大宮からはニューシャトルのいうやつで鉄道博物館へと向かう。いったいどんな乗り物かと思っていたらゴムタイヤの新交通システムであった。
鉄道博物館では入場制限がかかっているのか3列に並ばされて順番に入場させられる。少々待たされた。
館内は弁天町の交通科学博物館よりも広い。さすが関東といった趣である。
そしてチビは目ざとく売店を見つける。そこでプラレールのつばさをつかんで離さない。値段は定価である。これはアホらしいので「帰りにビックカメラで買ってやるから」といっても聞かない。仕方ないのでどこにでも売ってる定価のプラレールを泣く泣く買うこととなった。


帰りは嫁から東京駅でE7系の新幹線を見せろとの指令が出たので東京まで戻ろうと思ったが満員の宇都宮線にチビを連れて乗せるのは気が重い。ならば帰りもグリーン車かと思っていたんだが「まてよ。」
グリーン車で東京に戻りそこから入場券を買って新幹線のホームに入ることも考えたがいっそのこと大宮から新幹線で東京駅まで戻ってはどうだろう?ついでにE7系に乗せてやればチビも喜ぶだろう。
というわけで帰りは新幹線で東京まで戻ることにした。普通に大宮から田町まで帰れば550円で済むところを1620円も払って帰るのである。まぁこんな機会でもなければこんなアホらしい旅はしないだろう。
というわけでニューシャトルを一駅だけ乗って大宮へ戻った。

飯田線の旅 其の5

天竜峡を発車し列車は飯田へ。南アルプスの懐までやってきた。





何山だか知らんがガスってます。





飯田まで来ると列車は町の中に入ってきたなと感じる。これまでの行程を振り返ると「すごい山中を走ってきたんだな~。」と感じる。天竜川に沿って山間部を走る。それもローカル線ではありえないくらいの短い駅間で。しかしまぁよくっまぁあんなところに鉄道を敷いたもんだ。しかも民鉄が。道路を作るよりも鉄道のほうが楽なんだろうか???
車窓には田園風景が広がる。いいねぇ。落ち着くわ。





伊那大島に到着。ここは南アルプスの名立たる名峰の入り口の駅。そのうちお世話になることがあるのかな???






待ち合わせの列車が接近。





 
そして行き違い。




列車は駒ケ根方面へと北上する。進行方向左手になんとも特徴的な山が見える。何山だ?あれ。




運転士氏の後ろにかぶりつき。毎日こうやって山々を眺めながら運転できるとは羨ましい・・・と思うんだが仕事でやってたらそんなこと何とも思わないんだろうな。


それにしても気になるなあ。あの山。





しばらく進むと見る角度が変わって違う山のように見える。





大沢信号場にて。信号場でのすれ違いなんて久々だ。




大沢信号場を過ぎると間もなく高遠原。高遠・・・この地名見たことあるぞ。甲斐駒とか仙丈ケ岳を登ったときにこの地名を見た。あのあたりに今いるんだな。
お山の方はガスってる。スカッと晴れてたらきれいだったろうな。





伊那福岡でも行き違い。





駒ケ根に到着。中央アルプスの玄関口である。駒ケ根という文字を見ると木曽駒を思い出す。
駒ケ根では多くの人が乗り込んできた。その多くは高校生っぽい。浴衣姿の人もいる。祭りでもあるのかね???伊那市までは一駅ごとに人が乗り込んでくる。若い子ばっかりだ。

伊那市に到着すると一気に下車した。ここで祭りか花火でもありそうな雰囲気だった。




伊那市を過ぎ辰野で中央線に合流し列車はとうとう終点の岡谷に到着。10時41分に豊橋を出発して6時間49分。太陽も西に傾きかけている。


この後も18きっぷで東京まで帰ろうかと思ったがそうなると家に着くのが22時半を回ってしまう。なんかしんどいので甲府まで特急に乗ることにした。
しかしさすがは天下の大幹線、中央線の岡谷駅。ホームは列車を待つたくさんの人々でにぎわっている。
千葉行きあずさ30号の入線。つーか千葉まで行くのか。千葉から松本まで乗り換えなしで行けるのね。なんかすげーな、JR東日本。




車内はほぼ満員。登山者の姿も目に入る。なんとか空席を見つけ席に着くも通路側。窓の外が非常に見にくい。
甲府で普通列車に乗り換え。車内には山の人、ランニングの人、自転車の人とアウトドアの人が多い。中央線沿線はフィールドがあふれているからな。



そんな感じで高尾に到着。ここから先は旅情とは無縁の都市近郊である。その後は新宿で山手線に乗り換えて田町へと帰った。   終わり

飯田線の旅 其の4

2両編成の車内は立ち客が出るほどの乗車率。しかしボックス席のすべては埋まってはいない。人が座ってる横って座りにくいんだろうな。まぁ混み合うのも豊川くらいまでのことだろう。
列車が動き出すとさっそくお食事タイムである。
豊橋といえばお稲荷さん・・・ん???お稲荷さんは豊川だな。まぁ豊川駅だけではさばけん。新幹線・名鉄も止まる三河の大ターミナル豊橋でも売らなきゃ成り立たん。つーか豊橋で買えるというのもありがたい。豊川でしか買えなかったらいったん途中下車せねばならん。ほんとありがたいこった。





中身はボリューム満点のお稲荷さんが 7個も入っている。おいしくペロっといただいた。




列車はしばらく豊橋の郊外を走る。つーか豊川の市街かもしれん。このあたりよくわからん。愛知県第2の都市で東三河の帝王である豊橋なので当然東名高速のインターは豊橋インターだと思っていたんだが実際にはインターは豊橋にはない。豊川にあるのだ。
程なくして豊川に到着。しかし別段車内に大きな動きはなかった。
ローカル線としては異常とも思える短い駅間をいちいち停車しながら列車は走る。
野田城で上り列車と行き違い。213系も投入されているんだな。飯田線といえば119系のイメージが強いけど入れ替えが進んで完全に駆逐されているようだ。東海道線を追い出された213系がここにぶち込まれたんだろうな。



列車は新城を通過。ここで多くの人が下車すると思ったんだけどここでも大きな人の動きはなかった。
  本長篠に到着。ここで17分停車。上りの伊那路2号との待ち合わせである。




 いやーのんびりしてていいね。





こういう長時間の停車がローカル線の醍醐味。こういう時間にホームに出てぷらぷらする。旅してる感じがするなぁ。




伊那路の姿が見えてきた。
 
 
 
 
伊那路2号のおな~り~。





列車は再び岡谷に向けて出発。湯谷温泉に到着すると豊橋からず~っと一緒だった小学生軍団が下車。そのほかにも下車があり車内の立ち客はいなくなった。



列車はどんどん山の中へと入っていく。





列車は出馬に到着。何の気なしに駅名表を見て驚いた。「へ???浜松市天竜区!?」




ここも政令市の浜松市なのか???アクトシティのあるあの浜松市ですか???つーか合併の範囲広すぎだろ。
ここも正真正銘浜松市です。





その後もず~っと「浜松市天竜区」が続く。つーかやりすぎだろ。そこまでして表向きだけの人口を増やしたかったのか???



 天竜区はまだ続く。






そして列車はこの旅最大の目的地、小和田に近づいた。あの超有名秘境駅である。明るいうちに来るのは初めてである。




トンネルをくぐり鉄橋を渡る。





トンネルの連続。






そしてついにその姿を現した。





ついに小和田駅に到着。超有名秘境駅だけに車内を鉄ちゃんたちがせわしなく動き回り各自写真を撮りまくる。



おぉ~この画は見たことあるぞ。




しかし驚いたのがここも浜松市天竜区であったこと。似つかわしくないな~。つーか静岡の双璧である浜松市、静岡市の合併ぶりはもう見境がないな。南アルプスの山頂に立てばそこは静岡市葵区だったりするし。
明らかにやりすぎだろって思う。政令市の中では人口密度は半端なく低いんだろうな。結局飯田線の静岡県の区間はすべて浜松市天竜区であった。
伊那小沢で行き違い。今度は313系。





飯田線の核心部分を走る。天竜川に寄り沿う。





ひたすら天竜川。






雄大だ。





14時13分、 列車は飯田線の超主要駅、天竜峡に到着。以前来た時にはここで日が暮れた。
つーかマネキン、気持ちわりーな。





出発から3時間31分。残りは3時間18分。大体半分来たな。




飯田線の旅 其の3

豊橋行きの新快速に乗り込む。





車内でどこに座ろうかと物色していると我が友人、豊田市在住のK保田氏そっくりな人が寝ていた。「おぉ~こんなところで超奇遇ではないか!!!」
しかし髪の毛が茶髪である。ん???めちゃくちゃ似てるけど本人か???
気持ち的には隣に座り無理やり起してびっくりさせてやろうかと思ったけどもし人違いだったらえらいことになる。というわけで同じ車両の違う席に座り「今、豊橋行きの電車に乗ってないか???」とメールしてみた。するとすかさず返信が。「乗ってませんヨ。似た奴がいたんか?」
いやーあぶねぇあぶねぇ。ひと騒動起こしかねない状況であった。
昨日通ってきたところを今日は逆向きに走っていく。名古屋まではうつらうつらしていたけど名古屋からはしっかり目を開けていた。そして終点の豊橋に到着。飯田線の始発駅である。
僕が乗る岡谷行き。これから6時間を超える長い戦いが始まるのだ。





ワクワクしつつも「激混みとかだったらどうしよう」とか一抹の不安も抱えながら飯田線のホームへと向かう。
いや~一日に何本かあるとはいえ岡谷行きというのは異彩を放っているように見える・・・って思うのは僕だけか???




注目の岡谷行きが入線。豊橋ー岡谷間、205.2kmを6時間49分をかけて走る。このご時世、なかなかこんなロングランの列車は少なくなった。


というわけでおそらく15年ぶりとなる飯田線の旅が始まった。
  
  
  
  

飯田線の旅 其の2

勘違いで新大阪で下車してしまうという凡ミスをかましてしまった。僕が乗るのは7時15分発の大阪始発の新快速なんだがここで戻ると今度は大阪で九段の新快速に乗り遅れるかもしれないのでおとなしく新大阪で到着を待つことにする。
 列車を待っていると国鉄色のEF66がやってきた。






アップ!!!




 7:13発の快速野洲行きが到着。間違えて乗りかけたが「京都、山科、大津にはあとの新快速が早く到着します」のアナウンスに我に返る。そうだ、僕が乗るのは大阪発7:15発の新快速電車。まだ大阪を出てねーぞ。つーか頭働いてねーな。
そして件の新快速米原行きが到着。これで京都を目指す。





 高槻を過ぎたあたりで先行する快速野洲行きを抜き去った。




京都に到着。7:59発のこだま638号で米原へ。




昨日も思ったけど、滋賀の田んぼも雄大だ。





そして定刻の8:19、米原に到着。大急ぎで上りの東海道線のホームへ向かった。

飯田線の旅

今日は一日かけて東京まで戻ってきた。ルートはいろいろ考えたんだけど久々に飯田線を乗り通して中央線で帰ることにした。
昨日寝たのは午前2時。ケータイのアラームを4時半にセットして就寝。川西池田発5時33分の列車で豊橋を目指すことにした。
そしてあっという間にアラームがなった。アラームを止めて「よーし、そろそろ起きるか」と体を起こすと時刻は5時半を回っていた。「うう・・・やっちまった」 
普通なら「どわーやっちまったー!!!」となるんだが眠気が大いに勝っていたので随分とおとなしい。そのまま寝て普通に東海道線で帰るかという気分にもなったんだがそこをなんとか奮い立たせて6時20分に家を出た。
6時35分発の木津行きに乗り込む。





1時間遅れでスタートしたので新幹線で追いつかねばならない。日頃「新幹線は嫌いだ」とか言ってるくせに新幹線に世話にならざるを得んとは・・・。とっても複雑だけどやむを得ん。一番安上がりで済ますには京都から米原まで乗車することである。とりあえずこれで当初予定していた列車に追いつくことができる。
ろくに時刻も調べずに電車に乗ったのだが、大阪発7:15の新快速に乗ろうかと思っていたけど尼崎で乗り継ぐ快速に乗れば京都まで先行することがわかった。そうすれば1本早いこだまで米原に着くことができ悠々豊橋行きの新快速に乗り換えることができる。いやーちょっとラッキー。
尼崎で米原行きの快速に乗り継ぐ。席に座ると前に座るおじいさんが話しかけてきた。このおじいさん、御歳91才。これから立山に行くという。登山歴70年以上の大大大ベテランなんだが今回は山には登らず室堂の小屋に泊まるという。まぁすごいよな。91でまだ山に行くパワーがあるんだもんな。この姫路発5時の電車で来たという。尊敬するわ。
そのおじいさん、大阪に着いても降りようとしないので「ここ大阪ですよ。ここから特急じゃないんですか?」と聞くと新大阪からバスらしい。ほぉ〜そんなバスがあるんだねぇ。覚えておこう。
そしておじいさんと共に新大阪で下車。階段で上にあがろうとすると「わし、エレベーターで行くわ」とおじいさんはエレベーターへ。思わず苦笑ながらも「91だからな」
おじいさんとそこで別れて階段を上って気がついた。「あ、京都まで行くんだった。」
快速列車のドアは閉まり「プシュ~」という音とともに快速列車は京都に向けて動き出した。「あちゃ~」 ついいつものことで新大阪で降りてしまった。う~ん、まだ頭がしゃきっとしてないわ。
そんな感じで飯田線への珍道中が始まった。
 

帰省

今日、東京から川西に帰ってきた。ほんとは最近お疲れなので家でゆっくりしたかったんだけどそうもいかない理由ができてしまった。川西の嫁とチビ共が今日から2週間岐阜の実家に帰るという。そうなると金魚ちゃん達のエサやりをする人間がいない。フードタイマーを使えばいいのだがそのセットを嫁はしてくれないのでわざわざそのために帰ることになってしまったのだ。
朝5時起床。眠い。そそくさと準備を済ませ出発する。
 
閑散としている早朝の田町駅





5時41分、山手線に乗り出発。





一駅乗って品川で下車。ここで東海道線に乗り換え。
 
15年ぶりくらいに品川の改札を出た。品川って思ったよりちっこい駅だと思ってたけど改札を出てその立派さに驚いた。なんか外国の駅みたいだ。



コンビニで弁当を買って再び駅に戻る。駅中のコンビニは閉まってたような気がしたけどしっかり開いていた。これなら中で買えばよかったわ。まぁそれは置いといて5時55分発の沼津行きで西を目指す。

ホームに降りるとムーンライトながらが回送されていた。





で、沼津行きが到着。






仕事に向かうときの列車はドナドナモードで最高に気が重いけど休みの日の列車旅はゆるくていいわ。川崎を通過して横浜に到着。あの横浜に到着なんだけどなんか都会って感じがしなくなったな。その辺の地方の大都市と変わらんように見える。東京に住んでて感覚がおかしくなってるわ。つーか日本は東京以外みんな田舎である。
列車はどんどん混み合ってきた。地方の通勤電車並みの混み具合である。土曜の朝の10両編成でこれである。はやり関東は人が多い。
小田原に到着するとそれなりの人が下車して車内はそこそこ落ち着いた。それでも立っている人はいる。まぁそんな感じなんだが弁当を食べることしする。朝から牛カルビ弁当。そりゃ太るはずだ。
熱海に到着。ここでも人が降りて立ってる人はいなくなった。






8時05分。終点の沼津に到着。ここで浜松行きに乗り換えである。





ここからはうつらうつらしながら移動する。9時02分に県都静岡に到着。何度も来てるけどなんつーか昭和くさい駅前である。その後もうつらうつらしてると10時16分、終点の浜松に到着。

お次は豊橋行きに乗り換え。





10時20分、浜松を出発。それまでの列車はずっと座ってこれたけどここでは座れなかった。まぁ豊橋まで34分の我慢である。車窓からは浜名湖なんかが見えたりするんだけどこれまで何十回と通過しているのでiPadでツールドフランスを見て過ごす。
そして豊橋に到着。ここまでくれば名古屋圏。高校を出てから7年間住んだなじみのあるエリアである。




 
蒲郡。知らん間に高架の駅になっていた。





岡崎に到着。







愛環の列車が出発を待つ。






矢作川を渡る。





乗車しているのは特別快速。刈谷の次は金山まで停車しない。大府をとばすのはなんか違和感があるんだが時刻表を見ると所要時間は刈谷ー金山間は大府に停車する新快速のほうが速い。なんじゃこりゃ。大府をとばす意味あるのか???

大高の手前で新幹線に追い抜かれる。






金山。神宮前から栄生辺りまで名鉄と並走する。




そして名古屋に到着。最近は新幹線で寝ながら通過することが多い。




名駅を出て地下からはいあがってきた名鉄と並走。






稲沢の操車場。






で、岐阜。






12時32分。大垣に到着。ここで米原行きに乗り換え。





ところでここまで来る前にいろいろ考えたことがあった。「このまま東海道線で帰るのもつまらんな・・・」
で、いろいろ考えた。岐阜から高山線経由で帰る。キハ40系でのんびり夏の18きっぷの旅を楽しむ。いや~いいじゃない。でもこれだとだいぶ家に帰るのが遅くなる。
それではと名古屋から関西線経由で帰ることも考えたけど亀山・加茂・木津と乗り換えるのがなんかめんどくさくなってやめた。つーかこの辺の路線なら乗ろうと思えばいつでも乗れる。
時刻表を見ながら過ごすとあっという間に米原に到着。向かいには近江鉄道の列車が。





13時20分発の網干行きの新快速に乗り込む。ホームの端過ぎてこんな窮屈な写真になってしまった・・・。






12両編成の車内はがらがら。ここまで来ると関西圏。帰ってきたなぁ~という気分になる。



一駅ごとに車内に人が増えていく。明日はどうするか???時刻表を眺めながら考える。北陸線で帰ろうか。来年は三セク化されるから最後の夏である。あ、紀勢線という手もあるぞ。でもこれだとどこかで新幹線使わなにゃならんな。

窓の外を眺めると車窓には広々とした田んぼが広がる。東北には負けるけど滋賀の田んぼもなかなか見事である。




そして京都に到着。その後大阪で向かいのホームに停まっていた新三田行きに乗ろうとしたら間に合わなかった。というわけで尼崎から乗り込んだ。そして伊丹で下車してくら寿司ですし食って帰宅。金魚さんの水替えをしてのんびりと過ごす。東京のマンションもいいけどやっぱ自分の家が一番だ。いつまで続くのかねぇ、この単身赴任。

帰省

今週は川西に帰省した。で、今回は東京に戻るときも新幹線で帰った。阪急で梅田まで行こうかと思ったけどJRのほうが早いのでJRにした。途中、尼崎では僕がいたころには工事中だったエスカレーターと階段が完成していた。なんか知らん間に僕の記憶と違う尼崎の駅になったみたいでなんとなく寂しい気分になってしまった。たぶん家族と別れてひとり東京へ戻るというシチュエーションも影響してたんだろうな。
新大阪からはあえてのぞみには乗らず20時26分発のひかりで帰った。のぞみは早すぎて面白くない。所要時間は10分ちょっと遅いだけだけどアンチ新幹線な僕的には僅かばかりの抵抗である。田町には23時過ぎについた。さすがに日曜日ということもありいつもよりなんか静かだなぁと思った。

バスの旅

今週も家に帰った。二週連続である。今週は組合の集まりがあったのでそれに便乗して帰省したわけである。そして今回も帰りはバスである。
 
阪急の梅田から大阪駅へ。今日も天気がいい。








ヨドバシとグランフロント。前まで「都会よのぅ」と思ってみてた景色だが東京だとこういうのがごろごろしているので感覚がマヒしてくる。






ひと月で大阪ー東京間のバスを乗るのが3回目。もうベテランの域である。今回は前回よりも乗車率が高かった。僕の後ろにも人がいたので今回はリクライニングMAXというわけにはいかなかったけどのんびりと旅(?)を楽しめた。でもこのバスに乗ろうと思えば家を出るのは13時10分。もう少し長くいられるといいんだが・・・。まぁ会社から配布される回数券を浮かして嫁に渡すための裏工作である。東京への引っ越しが終われば新幹線で帰省し、新幹線で東京へ戻ることになる。そうすれば夜の9時くらいまでは家にいられるだろう。
 でもバスの旅も楽しいといえば楽しい。まぁやろうと思えばいつでもやれるから気が向いたらまたバスに乗って帰ろう。

週末 其の4

そして日曜日。今日はバスで川崎へと帰る。会社からは回数券を渡されるのだが、それを嫁に渡して僕はバスで帰るのである。再来週、川崎から田町に引っ越す時に嫁に手伝ってもらうのでその時のためである。バスだと大阪ー東京間は約8時間半。赴任する時に使ったウィラーのバスだと9時間半かかったが僕的には新幹線よりもこちらの方が100倍いい。新幹線って移動の手段であって旅情ってもんが完全に欠落している。今回の帰りの新幹線にしても席に座れなかったこともあり完全に動く箱状態であった。
今日は朝からチビが模試なのでほぼ僕一人で行動する。嫁と下のチビは模試の付き添いだ。本当は朝飯を関西での最後のロードを楽しもうかと思ったんだがなんとなくやめてしまった。また肘の調子が悪くなってるし。というわけでゆっくりと飯を食いロードを輪行袋に収納。再来週はこっちから田町に向けてこいつも出陣である。
ちんたらしてたら昼になり一人で能勢口の宮本むなしで昼飯。その後モザイクのダイソーで買い物をしてうちに帰ると嫁とチビどもが帰ってきていた。時刻は13時。バスの時間は14時10分なのでそろそろ出なければならん。したの3歳のチビが「東京に行かないで。この家にずっといて。」と言う。昨日からずっと言っている。心にぐっとくるがこればっかりは仕方がない。涙も出そうになるが家を出る。
阪急の雲雀の駅から梅田に向かう。今日は雲雀丘学園の小学校の運動会であった。






梅田に着きバスに乗り込む。今回はJRバスである。いやいやワクワクしますな。バスは2階建て。夜行でこれに乗ったことがある。ウィラーのバスは座席の前にモニターが付いていてゲームやビデオを見ることができたんだがこのバスにはそんなものは付いていない。

14時10分発である。








そして定刻となりいざ出発。2階席の窓側なので見晴らしもいい。後ろが空席なので思いっきりリクライニングを倒して優雅な時を過ごす。途中のバス停からも後ろの席には乗ってこなかったので非常にのびのびできる。こないだが満席な上に通路側の席だったので非常にうれしい。窓の外を眺めたり寝たりしながら至福の時を過ごす。ちなみに昔なら問答無用でJRの在来線を乗り継いで行くところであったがやっぱ乗り換えなしというのは楽である。僕も年をとったな。ちなみに在来線よりもこちらの方が安い。18きっぷのシーズンなら東海道線乗り継ぎもありなのでそちらの楽しみは夏までとっておこう。


バスは初めの休憩場所、新名神の甲南PAに到着。







 非常に気持ちの良い天気&眺めである。

ウィラーのバスとは違いJRバスの休憩時間は20分。短い。まぁツアーバスではなく路線バスだからね。こんなもんか。
再びバスは東京目指して走り出す。この辺りは非常にWIFIの電波が悪いのでiPadは使えず。なので寝ることにした。
東名阪と合流するとお約束の渋滞である。まぁ昼寝を決め込んでいる僕にはほとんど関係はないが。
渋滞区間を抜けバスは伊勢湾岸道へと入る。ナガスパの横を通り過ぎるとバスは名港トリトンへと差し掛かる。

トリトン通過中。





名古屋の港区に住んでた頃は3年間で5回も通らなかったトリトンを今年は3週間で2回も通っている。また来週も通るからそうなるとひと月で3回通ることになるな。

再びうつらうつらしているとバスは愛知を突き抜け静岡に突入。三ケ日インターを降りたところで運転手交代。
後ろからも同じJRバスがついてきたので「もしかして2号車か??」と思ったんだがよく見ると行先が大阪行き。ここで大阪発と東京発のバスが落ち合うようだ。




運転士氏交代で息を吹き返した感のある我がバスであったが少し走ったところで休憩に入る。浜名湖SAである。バスから降り、浜名湖を眺める。う~む、久々だ。

そして東京に向け出発。ここでちょうど夕焼け小焼けで日が暮れる。





 
夕暮れの浜名湖。






その後は足柄SAで最後の休憩を取りバスは終点東京駅へ。「東京へ来る」というのと「東京へ帰ってくる」というのとは全然気持ちが違う。まだこちらへきてひと月足らずだけど「帰ってきましたな」という気持ちになった。大阪を出発して8時間。まぁ余裕ですな。滝川ー根室間の2429Dほどの旅情はないが、リクライニングをマックス倒してのびのびと旅ができた。また来週も同じバスに乗る予定だ。東京にいる間は東名阪をまたにかける生活である。まぁせいぜい楽しもう。というわけで仮の宿である川崎へ向け、東海道線に乗り込んだ。






























休日

今日は休みだった。ほんとは今日、男体山を登り明日は休養日にあてようと思っていたんだが、昨日は仕事終わりに飲み会に巻き込まれ今朝の出発ができなかった。男体山は明日に延期である。
今日は昼までのんびりして昼下がりから街歩きに出かけた。と言っても渋谷だ新宿だというわけでなく来月から移り住む田町の駅周辺のぶらぶら歩きである。僕が住むのは田町から東へ15分ほど歩いたところにあるマンションである。周りは倉庫街で都会の華やかさはない。今の仮の宿がにぎやかな川崎の駅ちかなので倉庫街のなんとも言えない荒涼とした景色に少々気が重くなる。

田町の芝浦口から。新幹線、山手線、京浜東北線、東海道線、その奥にはモノレールが行きかう。


来月移り住むマンションまで往復し気の滅入る芝浦口から華やかな三田口へと移動する。こちらのほうは慶応大学の表玄関ということでいろんなお店がひしめいている。

ほぉ~こんなとこにも山ちゃんがあるんですな。ちなみに三宮の山ちゃんはいつの間にかなくなっていた。



慶大に向かう途中。東京タワーがそびえ立つ。



 
慶応大学。恐れ多いですわ。



僕が仮契約まで結んだ慶大から徒歩5分のマンションまで往復して再び田町の駅に戻る。あちらのマンションは部屋は6畳ながらも異次元の収納を備えたマンションで部屋中収納だらけという非常に魅力的な物件であったんだが会社まで徒歩20分強かかる。普通に考えりゃこれくらいの距離なら余裕なんだろうが仕事でヘロヘロになったときにも徒歩20分強を歩かねばならん。最寄り駅は田町なので電車にも乗れん。歩くのが嫌ならタクシーに乗るしかない。それに加えて部屋からの景色が非常に残念でビルの裏側しか見えなかった。あと風呂と洗面が同居していてそこが非常にひっかかった。芝浦のほうの部屋は周りの荒涼とした立地には閉口するが会社までは徒歩15分以内。わずか5分余りの差だが徒歩15分と20分とでは数字以上の開きを感じる。風呂・トイレ・洗面が各々独立。そして鉄ちゃんには大事なベランダからのゆりかもめビュー。これはとっても重要。というわけでこっちにした次第である。
一通りうろうろして川崎に戻った。おととい来た時には「いやー都会だなー」と思ったけどなんかもう慣れた。よく見りゃ関西にもこういうところはあるわい。というわけで貴重な休日、土曜日が幕を閉じた。

赴任!!!

今日、転勤のため川崎にやってきた。港区のマンションが空くまでひと月入居する仮の宿は川崎駅近くのマンスリーマンションである。
8時20分、梅田のスカイビルのウィラーのバスターミナルから川崎・新宿行のバスの乗り込む。所要時間9時間30分。のんびりと太平洋ベルトを横断するバスの旅である。



夜行バスの折り返しの便である。平日にこんなバスに乗るような奴はおらんだろうと思っていたんだがなんと本日満席だという。梅田の時点ではガラガラなんだが・・・。京都でそんなに乗り込んでくるのか???
 


はたしてバスは川崎を目指し出発。大阪の街ともしばしお別れである。車内では百名山の本を開き、どこを登ろうかと考える。不本意ながら東京に飛ばされてしまったが、この際に東日本の百名山を少しでも減らしてしまいたい。手頃なところでいうと武尊山、皇海山、日光白根山、男体山があげられる。まだ残雪シーズンなので普通に登れるのは男体山くらいか。ちなみに雪山装備は自宅の引っ越し荷物の中である。効率よく登ろうと思えば武尊・皇海と日光白根・男体山と週末に2座ずつ登るのがいいんだろうが今週末にどこかに行きたい。高尾山とかも考えたがモチベーションが上がらん。やはりここは百名山の男体山だなということで土曜か日曜に男体山に行くことを決めた。効率を考えれば2回の遠征で4座登るほうがいいんだがここは3回の遠征で4座ということにした。土曜日が必ずしも休みになるとは限らんのでこの方が結果的にはいいほうに転がるかもしれん。まぁ残りの3座は18きっぷのシーズンにでも行くとするか。
そうしているうちに京都に到着。するとわんさかわんさか乗ってきてガラガラだった席は二席を残してすべて埋まった。いるんだねぇ、こんなバスに乗る人が。僕的には長距離フェリーや滝川ー釧路間の2429D列車など乗り物の中で長時間過ごすのが好きなので全然問題ないんだが、一般人でもこういうのをチョイスする人が大勢いることに驚いた。値段重視の人たちなのかな???
そしてバスは最初の休憩地である草津SAに到着。なんと休憩時間は35分。なんともゆったりである。




僕も下車してうろうろする。そして京風ラーメンとライスを注文。つい2時間前に朝飯で巻きずしを食べたばかりなんだが。




お腹も満たされ再び出発。バスは新名神を走る。ところがこの新名神、山の中をぶち抜いているのでトンネルは多いしそもそもが山の中なので僕の持っているEモバイルのwifiルーターはあっけなく圏外となってしまう。う~む、もっと高いやつかえばもっと電波が強かったのか???とにかくすぐに圏外になってしまう。
東名阪に入ると圏外ではなくなったが電波が3Gである。全然駄目ですな、3G。まったくもってサイトが重いのでipadをいじるのはやめた。
バスはナガスパの前を通り名港トリトンへ。前の僕の仕事場はこのあたりであった。懐かしいなと思いながらも席が通路側なので窓の外が見にくい。予約時にせめて窓側か通路側を選ばせてくれればいいのにと思う。
やることもないのでしばしまどろむ。昼間っからこういうことができるのは幸せだ。これがまた乗り物の中というのが素晴らしい。寝て起きてバスなり電車なりが動いていると「う~ん、旅だねぇ~」と思う。
バスは2度目の休憩地、浜松SAに到着。浜名湖を見行こうと思ったけどなんだか様子がおかしい。あ、そうか。ここは浜松SAである。浜名湖があるところは浜名湖SA であった。
そしてバスは出発。東名はそれまでとは違いトンネルの中でもwifiの電波が途切れないところが多い。ただこのルーター、全般的に移動に弱いような気がする。やっぱ高くてもちゃんとしたとこにすればよかったかな・・・。ネットがぶっちんぶっちん切れてだいぶ嫌気がさしてきたので再び寝ることにした。いや乗り物に揺られながら眠るのはほんとに気持ちがいい。
気持ちよくまどろんでいるとバスは海老名SAに到着。おぉ~もう着いてしまったか。ここまで来たらもうゴールは目前である。海老名のSA、でけーな。2階建てで中にはお店がひしめいている。それに合わせて多くの人でごった返している。う~む、さす が関東。
 

再びバスに乗り込みゴールの川崎へと向かう。途中で東名を降り、どこを走っているのかわからんが気が付けばダイヤ通りに川崎に到着。運転手さんお見事。



しかし川崎・・・都会じゃないですか。電車で通過したことだけは何十回とあるけどこの駅で下車したことはない。しかしさすがに東京近郊。がっつり都会である。

川崎駅構内。




これは後述の好日の帰りにうろついた際に撮影。駅の北側、繁華街じゃないほうの画像である。







もういっちょ。




 駅からほど近いマンスリーの部屋に入る。部屋の広さは驚愕の9㎡。驚きの狭さなんだがこれでひと月9万円。やっぱ都会は高いですな。嫁に電話をしたりちょっと休憩して(バスの中でも休憩してたようなもんだが)ちょっと荷物の整理をする。まずは登山道具。ザックからブーツを取出し愕然とする。なんと靴ひもが片っぽ無いではないか。そういえば荷物をまとめてた時に靴ひもが1本落ちてたな・・・。ってあれがこのブーツの紐じゃねーか!!!しくったー。これでは土曜の朝一に山へ行けないではないか。明日はどーせ仕事で遅くなって山の店には行けないだろう。うぅ・・・困った。さっそくネットでこの近辺の山の店を検索する。すると川崎にはさいか屋の中に好日山荘が入っていることが判明。「おぉ~さいか屋って駅も前にあったあれじゃん!!!」時刻は19時15分。営業時間は19時半まで。急げや急げ!!!閉店前に駆け込んで無事に靴ひもを購入。いやー都会って便利だな。つーか近くに好日があってよかった。
とりあえず土曜日は無事に山に行くことができそうだ。

































終了!!!旅チャンネル

今日、久々に余裕のある時間に家に帰ったのでテレビをつけた。CSの番組表を見ていて「な、何を~!!!」と目が釘付けになった。
なんとあの旅チャンネルが3月31日をもって放送終了になっていたのだ。全く知らなかったのでしばし呆然としてしまった。しかし寂しいなぁ。旅チャンネルはCSの中でも一番見ている部類のチャンネルである。太田和彦の居酒屋シリーズ、牛山さんの秘境駅シリーズ、山田べにこの野天湯に行こう等々魅力的な番組がてんこ盛りであった。見逃しても何度も再放送があるというのも助かった。しかしなんで放送終了になっちゃうかねぇ。旅チャンネルのHPを見ると番組自体はまだ続いている模様。うちのeo光TVでは放送終了ということらしい。う~む、なんでなんだろうねぇ。僕以外はあんまり見る人いなかったのか???鉄ちゃんなんかはがっつり食いつきそうな番組が目白押しなんだけどな。番組自体が終了してしまったのでeo光と契約している以上はいくらお金を払うと言ってももう見ることができない。やりきれん。そして寂しいねぇ。

年末北海道 2014 其の67

16時38分、満員なうえに旅情のない521系に乗り込み敦賀を目指す。
 松任に到着。ここで特急の通過待ち。






新幹線の高架が出来上がってる。金沢で止まらず新幹線は福井を目指す。最終的には北陸線は壊滅状態になるのかな???残るとすれば米原ー敦賀間くらいか。


名古屋行き、しらさぎ14号が通過。「特急街道」という名前もいずれ過去のものとなってしまうのか???


その後、大阪行きのサンダーバード38号にも追い抜かれると再び列車は走り始める。満員だった車内も小松、加賀温泉、大聖寺で結構な人が降りだいぶ快適な状態になった。時刻は17時半を回り暗くなって外も見えないのでiPodで遊ぶ。こういう時には便利だ。福井を過ぎネットをしてる間に列車は敦賀に到着。いくら暇つぶしとはいえ完全に旅ではなくなってしまっている。
19時19分、湖西線経由の京都行きで出発。いつもは米原経由が多いんだが今回はダイヤの都合上珍しく湖西線経由である。
日本海側の北陸線を乗ってる間は雪が積もっているようなところはなかったが、新疋田・永田と湖北に近づくにつれ雪が現れ始めた。やっぱ湖北は寒いな。ドアが開いてる間に吹き込んでくる空気が冷たい・・・。これからじゃんじゃん雪が増えてくるのかと思ったらそんなことは無く山科までやって来た。湖北は寒いと言ってもまだ1月4日。積雪の本番はこれからである。列車は京都まで向かうがここで下車。京都で乗るよりもここから乗った方が座れるんじゃないか、あるいはもし座れなくても京都で人が入れ替わるときに座れるんじゃないかという目論見である。
ここで新快速に乗り換え。






到着した列車に乗り込む。うまいこと座ることができた。





21時38分。大阪に到着。ここでこの旅最後の列車となる新三田行に乗り換える。12月27日の夜に三宮を出発して9日。数字で見ると長いなーって思うけど実際はあっという間だった。楽しかったなー。もうこんな長期で旅に出ることはできないかもしれない。このブログも実に其の67までに及ぶ超長編ブログになってしまった。気がつけばもう4月も目前である。毎年の事ではあるが年始からのライフワークみたいになってるな。さて、来年も同じ感じでブログが書けるのか?乞うご期待である。







年末北海道 2014 其の66

筒石駅を後にする。これで9日間に及ぶ長い旅も全ての目的地の訪問を終えた。後は川西を目指しひたすら西へと向かうのみである。
列車は糸魚川に到着。新幹線の高架も完成し準備OKと言った感じである。停車時間を利用し酒と弁当を調達しようとするも駅周辺にはコンビニもなく(見つけられず)、地元の名産店みたいなのがあったけどそこにも弁当の類は置いていなかった。 
 
再び列車に乗り込む。しばらく走り親不知に到着。その異様な光景に初めて来た時には驚いたけど何度も来てるうちに目が慣れた。人間ってのは物事に順応できるようにうまく作られている。 しかしここが三セク化されたらもう来ることはないかもしれない。こんなに全国の路線が新幹線によりぶつ切りにされると18切符の旅は非常に困難になる。各会社が北海道&東日本パスのようなものを作ってくれればいいけどあまり期待はできそうにない。
振り返りざまにパシャ。やっぱ異様な景色だな。






 しばらくは日本海沿いをひた走る。






冬の日本海って感じですな。





 
越中宮崎。乗りたいかい?新幹線。ここには駅はできないしこの路線はJRから切り離されますよ。




18きっぷが使えなくなれば日本海ルートで帰ることはなくだろう。もしかしたらこれが最後になるかもしれない。





新潟も富山も海側には雪は無く、ずーっと雨が降り続いている。泊、入善で結構な乗車があり西入善まで来ると雨が湿った雪に変わった。魚津でさらに乗客が増える。富山に近づくにつれ車内が混み合ってくる。水橋まで来ると完全に雪になった。ただし積もってはいない。
15時11分、列車は終点の富山に到着。荷物を置いて身軽な姿で酒と弁当の買い出しに向かう。





酒と食料を買い込み列車に戻る。そして15時26分、ほぼ満員に近い乗客を乗せ列車は金沢に向け出発。今は混み合っているけどすぐに空くことはこれまでの経験でわかっている。ちなみに国鉄色の475系、いいですな。富山はすばらしい!!!ちなみに金沢より西に行くと味気ないアルミの車両ばかりで旅情のかけらもなくなる。
富山から旅情溢れる475系に揺られること1時間。北陸新幹線の当面の終点、金沢に到着した。

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